情報は2008年11月現在

朝倉氏一乗谷遺跡−復元武家屋敷・町並み−
(福井県福井市)


 いよいよ楽しみにしていた一乗谷朝倉氏遺跡−復元武家屋敷・町並み−である。入り口に行くとちょっと興奮気味になる私義綱。どんな世界がまっているのだろうか…。

 復元武家屋敷のメインストリート。石垣を含む土壁が雰囲気を感じさせる。周囲に高い建物もなく、本当に室町時代へタイムスリップしたかのような雰囲気である。



 いよいよ復元武家屋敷へ。広くもないがかといって狭くもない武士の屋敷である。



 まず入った武家屋敷。一乗谷の家々をみるとまず感心するのが井戸。どんな小さな家にも井戸がある。人間の生活の基本となる水が意識された計画的な町造りをしているんだなと感心。



 門を入って右側。便所があった。今の和式便器と同じように「金隠し」が設置されている。これは想像復元ではなく、金隠し自体が発掘されているのである。これも文献だけでなく発掘調査を見ないとわからないことだなあ、と現代と同じような景色のトイレをみてまた感心した。



 武家屋敷の主殿では武士の像が将棋をしている様子がみられた。将棋の駒も一乗谷から発掘されている。将棋から先の手を思考することを学んだのだろうか。また離れ座敷には茶道具もあった。七尾にも香道が盛んだったりしたので、発掘されれて復元屋敷ができればこんな感じになるのかなぁ?



 屋敷の台所では調理中であった。

 魚をさばいている。室町時代は、庶民にも包丁や鍋などが行き渡るようになった時代である。この一乗谷遺跡でも包丁が発掘されている。儀式を重んじるこの時代、料理にも色々な作法があったようである。武藤様がこのさばき方をみて「室町時代の魚のさばき方ですね」と教えてくれた。このようなアドバイスは有難い。歴史好きの友人と来れて良かった!
 さて次は平面展示している周りの武家屋敷を覗きます。



 復元武家屋敷の向かい側の武家屋敷に入る。あれっ?土壁の塀はあるのに建物がない。どうやら、この一帯は復元ではなく、平面展示されているようだ。



 だだっぴろい空間に、土盛などがある。ここが屋敷の敷地と敷地の境界線なんだろう。この空間は柱の跡や建物跡などが平面展示されている。発掘された場所に上にコンクリートなどで固めて屋敷の痕跡を示すものだ。
 ここで武藤様が「こんなに敷地が広いのに、なぜ建物の面積がせまいんだろう」という鋭い質問。これにはガイドスタッフが答えてくれた。「田畑などの土地改良工事の時に遺構が失われてしまった。だから、これだけ広大な土地なのに、遺構が発見されなかった。ただ、江戸時代の古地図に屋敷跡と書かれていることから、武家屋敷があったのは確かである」といっていた。
 一乗谷のような比較的良好に遺構が残っているとされる地域ですら遺構はこの状況。とすれば都市化が進んでいる関東や関西はもう望むべくもなしか。早く七尾城跡も発掘調査をしてもらいたいものである。



 上記写真は復元武家屋敷の隣側の屋敷。この武家屋敷は復元武家屋敷より敷地も広く建物も広い。表面展示もいいが、やっぱり立体感のある復元展示の方がいいなあ、なんて思ったりしながら次の町並み復元に行く。


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