情報は2008年11月現在

朝倉氏一乗谷遺跡−町屋敷−
(福井県福井市)


 中世史を語る上で忘れられがちな視点。それが庶民の力である。私も最初のころは、政治史だけで物事を捉えていて、それゆえに見落とすところが多々あった。政治は経済なくして考えられない。そしてその経済を支えているのは一般の庶民である。この一乗谷史跡の復元では、中世の町並みが体感できる貴重な場所だ。



 まずこの町並みをみて感心するのは、道路に石組みの側溝があること。武家屋敷に町屋敷にも各戸に井戸があり、上水と排水がよく考えられている町並みである。また、建物にある窓の突き上げ戸も、それに伴う金具などが発掘されており、当時実際にあった光景といえる。



 この屋敷は上記「染」の文字が書かれている店の中。大きな甕跡が何個も発掘されたことから、おそらく紺屋(染物屋)ではなかったかとされている。



 これは町屋敷にある商家の1つ。紺屋の写真と同じように土間が建物の結構な部分を占めるので、板の間となっている居住スペースは小さい。都市であるがゆえに家の狭さなのか、それともこの時代だからこそ、こんな広さなのかしれないが、ひょっとすると今も昔も狭い家に住む日本人の住宅事情はあまり変わらないのかもしれない。



 町屋敷の裏手にも小さなスペースがある。ここは厠(トイレ)などがあったり、小さな物置き場などがある。やはり当時も、限られたスペースで快適に暮らすために置く物や間取りを工夫したのであろう。



 この側溝の石は発掘された本物とのこと。本物を使わねば国の指定史跡とはならないらしい。室町時代の住民が歩いていた空間と同じ空間を平成時代に歩く。なんとも考え深いものである。また、大通りが直線でなく少し曲がっていたり、建物で直角な角があるのも戦乱の多い室町時代らしい。
 さて、次は川を渡って、諏訪館庭園跡の方へ行く。


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