情報は2008年11月現在

朝倉氏一乗谷史跡−町並み復元〜諏訪舘庭園−
(福井県福井市)


 町並み復元の最後には、医療機関とみられる医者宅跡があった。この跡では調剤器具や調剤した薬品の跡がみつかった。この医者は相当もうかったのであろうか。かなり宅も広かった。他の史跡でも中国の元の時代である『湯液本草』の写本が発見されるなど、医薬の知識も高い水準であったことが推測される。平和で大規模な一乗谷の町だからこそ、発展したといえよう。



 復元史跡の出口には、やはり定番のみやげ物屋&食べ物屋。武藤様と一緒に昼食に「越前朝倉そば」を食べる。武藤様曰く「やはりここは戦国そばでなければ!」。その通り、現地に来たら現地の物を食べよ。これ旅行の常識。お土産に朝倉戦国大名饅頭も購入した。



 腹ごしらえも済んだので、一乗谷川を渡り反対側の諏訪館庭園を目指す。



 諏訪館庭園跡の隣ではなにやらブルーのシートが。発掘中だ。一乗谷史跡の発掘調査が始まったのが1967年から。復元史跡が完成するなど、一応の成果をみせた30年たった現在でも発掘調査を行っている一乗谷。すばらしい。さすが福井県。七尾城跡と七尾市はいったい何をやっているのか。腹立たしくなる。腹立ちを抑えて再び発掘調査に目をやると、なにやら側溝のような石組みの跡が。ここにはどんな館が建っていたのだろう。興味が沸く。七尾城跡の大規模な発掘調査なら立会いたいな…。



 諏訪館庭園跡。ここは、朝倉氏5代当主・義景の夫人の小少将のために作った館であると言われる。この一乗谷史跡の中で一番大きい庭園だ。1967年に復元整備されて、1991年に導水路が整備されて水の流れる往時の景観が再現たという。朽木庭園もよかったが、これはまた規模大きく違うし、落差も大きく滝を表現したと考えられる水が落ちる風景がすばらしい。心なごむ。庭園跡もただ発掘するだけでなく、水の流れを復元して再現するという方法もあるなあと納得。近江京極氏の庭園である上平寺庭園もこのように復元すればいいのに…と思ったりする。
 それにしても、この一乗谷史跡を訪れて改めて室町・戦国時代における庭園造営について考えさせられた。それまでは、庭園=高い文化水準+高い経済力ということくらいにしか考えなかったが、実際の庭園跡に接し、この庭園はなんのために作られたのか、それが重要なのではないかと考えるようになった。例え庭園主が趣味で作ったとしても、多くの人にその庭園を見てもらいたいと考えるのが普通である。ならば、その庭園には多数の来客があったことが推測される。庭園だけ独立して存在するというのはありえないので、庭園の周辺の館には建物が存在し、その建物から見られることを意識して作庭が行われる。ということは客人はその建物のどこから入って来たのか、間取りを考えても楽しい。復元史跡や庭園跡を訪れるとまるで、戦国時代の人の息遣いが聞こえてくるかのような迫力がある。ここでもまた現地調査(フィールドワーク)の大切さを感じたのである。


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