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ドリームランド線の話

休止中モノレール「ドリームランド線」
写真は準備中

「結局廃線になることが決定」2003/06/14(Sat)
 現在、休止沿線人口の増加・交通不便地域の解消に対応するため、横浜市が公共交通の整備の観点からモノレールの運行再開を、運転免許をドリーム交通から譲渡されたドリーム開発(横浜市とダイエーグループ各社の全額出資)に要請した。そして、256本ある橋脚の約9割が一部補修で使用可能殿との判断をドリーム開発がし、新たな交通機関を作るより建設費が安くなるとして、全線を常電導磁気浮上式リニアモーターカー(HSST)を導入し、1996年中に開通させる方針となった。しかし、運行休止の30年間に沿線環境が変化し、橋脚の真下にある家などが「モノレールの運行再開は絶対ない」等の条件で家を購入したと反発を強めたり、HSST方式では騒音・振動・電磁波等の問題が新たに生じるとあって、運行再開は延期された。
 新たに、ドリームランド線は、中間駅を3つ設ける、ラッシュ時には4両編成などにする事などが決定し、横浜市主導で計画は進められ、1997年着工・1999年再開と一応のメドをつけた。しかし、HSST方式では、ただモノレールの運転を再開させるのと違い、橋脚やレールの大幅な改築が必要である事、採算性の問題、ドリーム開発の親会社・ダイエーの損失過剰もあってか、計画は全く進まなかった。結局、2002年8月ドリーム開発(株)およびダイエーはドリームランド線の運転再開を断念。同社はドリームランド線跡地を横浜市に売却することにして、残っている橋脚も同社が撤去することで合意した。

「1年で夢破れたモノレール」2000/11/28(Tue)
 ドリームランド線とは、1966年5月2日に開通した「大船−ドリームランド間」5.3Kmのモノレールである。単線で車両は2両×3編成で6車両あった。15分間隔、片道8分で結ぶドリーム交通(当時の運営会社)に途中駅はなく、片道170円・往復300円の運賃だった(当時の国鉄の初乗り運賃は20円だったと言う)らしい。このモノレールは当時としてはATSやCTCを完備した最新鋭モノレールでった。しかし、もっと早く走らせようと考え、重量の重い出力機に変更した為、軌道桁に亀裂が発見され、車両重量超過・橋脚の強度不安から東京陸運局に「運行休止勧告」を受け、1967年9月27日に運行休止届けを出し、今にいたるまで運行休止が続いている。つまり、たった1年間しか運行されなかったのである。あくまでも、運行休止の為、高架のレール・橋桁・信号機等もそのまま残されている。ただ、大船駅は1992年に老朽化の為、撤去された。

ドリームランド線に関するHP

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